名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)2451号 判決 1995年7月13日
原告
名豊観光株式会社
右代表者代表取締役
藤野智洋
右訴訟代理人弁護士
山田高司
被告
亡太田裕厚訴訟承継人
太田貴子
同
亡太田裕厚訴訟承継人
太田陽子
同
亡太田裕厚訴訟承継人
太田滋英
右三名法定代理人親権者母
川地惠美子
右三名訴訟代理人弁護士
内田龍
被告
髙橋康一
被告
太田安彦
右訴訟代理人弁護士
髙橋正蔵
同
奥村敉軌
同
浦部康資
同
河瀬直人
主文
一 被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を亡太田裕厚の相続財産の限度で支払え。
二 原告の、被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英に対するその余の請求を、被告髙橋康一、被告太田安彦に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英間に生じたものはこれを一二分し、その一を同被告三名の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告髙橋康一、被告太田安彦間に生じたものは全部原告の各負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自三億四四九一万五九三一円及びこれに対する平成二年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は、原告に対し、各自一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 (被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英)
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 (被告髙橋康一)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行免脱宣言
3 (被告太田安彦)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告(代表者は藤野智洋である。以下「藤野社長」という。)はパチンコ店経営を業とする会社であり、松栄観光株式会社(以下「松栄」という。)、国際観光株式会社等の関連会社から成る名宝グループの中心的な会社である。
2 原告と松栄は、平成元年八月末、名古屋国税局の査察調査を受けた。
亡太田裕厚(平成四年九月二七日死亡。以下「亡裕厚」という。)と被告髙橋康一(以下「被告髙橋」という。)は、原告が右査察調査を受けた件を被告太田安彦(以下「被告安彦」という。)から聞き、共謀して、この件で原告から金銭を騙取しようと企て、まず、平成元年九月中旬、亡裕厚が被告安彦とともに藤野社長と会った後、税務精通者として被告髙橋を藤野社長に紹介した。亡裕厚と被告髙橋は、平成元年九月二〇日ころ、被告髙橋において藤野社長に対して、その意思も能力もないのに「名宝グループの修正申告に係る全納税額を五億円以下にし、かつ、原告と松栄を法人税法違反で起訴されないようにする。」旨虚偽の事実を告げて藤野社長を欺き、その旨誤信した同社長をして亡裕厚、被告髙橋の両名に対し、右工作を依頼することを決定させ、平成元年九月二一日、右工作のための着手金現金二〇〇〇万円を亡裕厚に対し交付させて詐取した。
更に、被告髙橋、亡裕厚は藤野社長に対して、何ら工作していないのに「東京と名古屋の上層部は納得したが、名古屋の係員が納得しないので、名古屋にばらまくお金を五〇〇万用意してくれ。」等虚偽の事実を申し向けて、その旨誤信した藤野社長をして左記のとおり合計四億八九〇〇万円を支払わせて騙取した。
記
(1) 平成元年一一月一二日、亡裕厚に対して一億一九〇〇万円の現金を手渡した。
(2) 同年一二月一八日、亡裕厚に対して五五〇〇万円の現金を手渡した。
(3) 同年一二月末、亡裕厚に対して五〇〇万円の現金を手渡した。
(4) 平成二年三月五日、亡裕厚の口座に七〇〇〇万円を振り込む。
(5) 同年三月二九日、亡裕厚の口座に一億円を振り込む。
(6) 同年四月九日、被告髙橋に三八〇〇万円の現金を手渡した。
(7) 同年四月二七日、亡裕厚に一三〇〇万円の現金を手渡した。
(8) 同年四月二七日、被告髙橋の口座に二七〇〇万円を振り込む。
(9) 同年六月一日、亡裕厚の指示により株式会社コスギの口座に三〇〇〇万円を振り込む。
(10) 同年七月二日、横浜時計貿易株式会社(代表者亡裕厚)の口座に一二〇〇万円を振り込む。
(11) 同年九月二八日、被告髙橋の口座に二〇〇〇万円を振り込む。
3 以上の結果、亡裕厚と被告髙橋は、共同して、原告から合計五億〇九〇〇万円を騙取し、原告に右同額の損害を与えた。
4(一) 被告髙橋は、平成元年一二月下旬、藤野社長に対して、被告髙橋の指示する金額に沿って作成された原告の昭和五九年四月一日から平成元年三月三一日までの五期分の各修正申告書及び松栄の昭和五八年九月一日から同六三年八月三一日までの五期分の各修正申告書をそれぞれ名古屋国税局長に対し提出した旨を伝えた。
その後、被告髙橋は、平成二年一月上旬、藤野社長に豊橋税務署の受付印が押捺された甲第六号証の一ないし四、甲第五号証の一ないし五の各修正申告書を返還した。藤野社長は右修正申告によって名宝グループの納税問題は終了したと考えた。
(二) しかし、被告髙橋が、右修正申告について「国税局上層部の了解はとれているが下の方に反発があるので、とりあえず査察部の指示する金額で修正申告をしてほしい。」と言うので、原告と松栄は、平成二年三月一三日、それぞれ右五期分について査察部の指示する金額で修正申告し、税金を納付した。
(三) その後、藤野社長は、被告髙橋の指示に応じて、納めすぎた税金の還付のため原告及び松栄の各五期分の更正の請求書を作成して同被告に交付した。被告髙橋は、平成二年四月ころ、藤野社長に対し、豊橋税務署の受付印が押された右各更正の請求書を返還し、次いで、平成二年五月下旬、還付金申請受理書及び還付金申請の件と題された書面を交付した。
(四) なお、被告髙橋は、右各修正申告書及び各更正請求書をいずれも名古屋国税局ないし豊橋税務所に提出したことはなく、右還付金申請受理書、還付金申請の件と題された書面はいずれも名古屋国税局の文書ではなかった。
5 平成二年一二月ころ、藤野社長の父であり名宝グループの実質的オーナーであった松田洋始こと朴斗鎬(以下「松田」という。)が法人税法違反の嫌疑によって検察官に取り調べられ、原告及び松栄が法人税法違反で起訴されることが明確になった。これにより、藤野社長は被告髙橋と亡裕厚に騙されたことを知った。
そこで、原告は右騙取された金員合計五億〇九〇〇万円についてその返還を求め、まず、被告髙橋との間で、形式上一億五三〇三万〇九七八円の貸付金としてその債務弁済契約を締結し、平成二年一二月一七日、公正証書を作成した。被告髙橋は原告に対し株式会社サーモダイン振出の額面一億二〇〇五万円の約束手形を交付したが、右手形は決済されなかった。
次に、亡裕厚との間で、同じく形式上五億六八五二万八〇〇〇円の貸付金としてその債務弁済契約を締結し、平成二年一二月二六日、公正証書を作成した。亡裕厚は原告に対し、平成三年一月一一日、七五〇〇万円を支払い、同月二九日、原告に交付した額面五九〇八万四〇六九円の約束手形を決済し、合計一億三四〇八万四〇六九円を返還した。
その結果、原告の損害は三億七四九一万五九三一円となった。
右損害のうち前記2(9)記載の三〇〇〇万円について、藤野社長は名古屋地方裁判所岡崎支部に不当利得返還請求訴訟(同庁平成三年(ワ)第二九六号事件。以下「別訴」という。)を提起したので、この損害部分の請求を本件においては除外する。
6 原告は、亡裕厚に対し、平成二年二月一日、三〇〇〇万円を弁済期平成二年四月一日、利息の定めなしの約定で貸し付けた。
7 被告安彦は、平成二年一二月下旬、藤野社長に対し、原告本店事務所において松田の立合いのもと、原告から受け取った金員を亡裕厚が原告に返還する債務について連帯保証すると口頭で約した。
8 亡裕厚は、平成四年九月二七日、死亡した。したがって、亡裕厚の長女被告太田貴子、次女被告太田陽子、長男被告太田滋英の三名が全相続人として亡裕厚の相続債務を相続承継した。
9 よって、原告は、
(一) 被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として損害額三億七四九一万五九三一円から別訴によって請求している三〇〇〇万円を控除した残額三億四四九一万五九三一円及びこれに対する不法行為日の後である平成二年九月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを
(二) 被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英の各自に対し、右消費貸借契約に基づき、一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過した後である平成三年九月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを
それぞれ求める。
二 請求の原因に対する認否等
(被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告と松栄が、平成元年八月末、名古屋国税局から査察調査を受けたこと、亡裕厚と被告髙橋は右査察の件を被告太田から聞いたこと、平成元年九月中旬、亡裕厚が藤野社長に対し税務精通者として被告髙橋を紹介したこと、藤野社長が合計五億〇九〇〇万円を原告主張の金額、日時、交付方法で支払ったことを認め、被告髙橋の発言内容を知らず、その余は総て否認する。
亡裕厚は、原因の脱税もみ消しの不正運動費として藤野社長から受領した金員を被告髙橋に取り次いで渡したものであり、亡裕厚が騙取したものではない。
また、請求の原因2(6)記載の三八〇〇万円は藤野社長と被告髙橋が東京の海江田事務所政経同志会秘書に交付したものである。
3 同3の事実は否認する。
4 同4(一)の事実は認め、(二)ないし(四)の各事実は知らない。
5 同5の事実のうち、亡裕厚が藤野社長を騙したことは否認し、その余は認める。
右一億三四〇八万円の支払いは、松田とその代理人弁護士から刑事事件になると脅された上、藤野社長と被告髙橋から還付金が入ればこの問題は一挙に解決すると言われて、正常な判断ができない状況で言われるまま、亡裕厚の経営する横浜時計貿易株式会社の手形を切ったものである。
6 同6の事実は明らかに争わない。
7 同7の事実は知らない。
8 同8の事実は認める。
9 主張
(一) 亡裕厚は、被告髙橋が脱税のもみ消し工作をすることができるということを人づてに聞いて知り、同人に対し「知り合いの名豊観光株式会社が国税局に脱税で特別査察が入り何十億円の税金を納めなければならなくなると困っておる。」と藤野社長から聞いた話を伝えた上で、同人を藤野社長に紹介した。藤野社長が被告髙橋に対して脱税の実情を話したところ、後日、被告髙橋は藤野社長、亡裕厚に対し「これまで自分で調べたところでは脱税による課税額は二七億円余になるが、自分を介して大蔵省、国税局の上層部に運動費を使えば脱税による課税金二七億円余が二億四〇〇〇万円程度の税金で収まるようにもみ消しができる。」と説明した。これを聞いた藤野社長は勿論、亡裕厚もそれを信じた。亡裕厚は、藤野社長から「被告髙橋のもみ消しの話は信用できるから、同人の言うとおり、同人を介して大蔵省、国税局に対し五億円の運動費を使って脱税のもみ消しをやりたいから仲に入って骨を折ってくれ。」と頼まれ、これに応じて原告から被告髙橋へのもみ消し運動費用の金員授受の一部中継ぎに関与したが、原告と被告髙橋の間でされた脱税もみ消しに関する具体的な工作には全く関与していない。
(二) 亡裕厚は、被告髙橋に対して、同被告において行う脱税もみ消し運動費として原告から受領した四億二四〇〇万円(請求の原因2(1)ないし(5)、(7)、(10)及び同6に記載の金員の合計)に亡裕厚の手持ち資金一〇〇万円を加えた合計四億二五〇〇万円を右運動費として左記のように交付した。
記
(1) 平成元年九月二二日、二〇〇〇万円の現金を交付した。
(2) 平成二年二月までに二億円の現金を交付した。
(3) 同年三月一日、五〇〇万円を被告髙橋の口座に振り込む。
(4) 同年四月までに二億円の現金を交付した。
(三) 亡裕厚は、さらに、被告髙橋から「一日も早くもみ消しを図る必要があるから立て替えてでも出してくれ。」と言われたため、自己の出捐において被告髙橋に対して合計六三〇〇万円を運動費として左記のように交付した。
記
(1) 平成元年一一月下旬ころ二〇〇万円の現金を交付した。
(2) 同年一二月一三日ころ四〇〇万円の現金を交付した。
(3) 平成二年一〇月ころ七〇〇万円の額面、振出人横浜時計貿易株式会社代表取締役太田裕厚、支払人住友銀行横浜支店の小切手を交付した。
(4) 同年一〇月二六日ころ五〇〇〇万円の現金を交付した。
(四) 亡裕厚は、平成二年九月下旬ころ、藤野社長から「原告の脱税事件による追徴税、重加算税等で、被告髙橋のいうもみ消しによる二億四〇〇〇万円程度ではなく一五、六億円もの課税が来るようだが、どうなっておるのか。」との話があったので二人で被告髙橋にこの点を質したところ、同被告は「一五、六億円の課税が来ても、還付金で一〇億円位戻るから心配ない。最後の詰めの資金として、なお二〇〇〇万円を必要とするから出してくれ。」と答えた。藤野社長はこれを信じて、同年九月二八日、右趣旨で二〇〇〇万円を被告髙橋の預金口座に振り込んだ。
(五) 結局、亡裕厚は被告髙橋において間違いなく脱税のもみ消しができるものと信じ、それゆえ、右もみ消し工作の報酬を受けられるように藤野社長から手渡された金員の外に、自ら、あるいはその経営する横浜時計貿易株式会社の金から六三〇〇万円を持ち出して右運動資金として被告髙橋に対して、これを交付した。
(被告髙橋康一)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、平成元年九月中旬、(6)、(8)及び(11)記載の各金員(合計八五〇〇万円)を受領したことは認め、被告髙橋が亡裕厚と原告から金銭を騙取しようと共謀したこと、被告髙橋の発言内容のあったこと、被告髙橋が藤野社長を欺き金員を騙取したことは否認し、その余は知らない。
3 同3の事実は否認する。
4(一) 同4(一)の事実は認める。
ただし、原告及び松栄の各五期分の修正申告書を作成するについての被告髙橋の指示は中井昭郎(以下「中井」という。)からの指示をそのまま原告に伝えたのであり、また、中井が名古屋国税局に出向くというので被告髙橋もそれを信じて藤野社長を同道したところ(それは平成二年四月か五月ころであった。)、中井が現れなかったので被告髙橋が藤野社長とともに同局秘書課受付に右申告書を提出したのである。
(二) 同(二)の事実のうち、国税局上層部の了解は取れているが下の方に反発があるので、とりあえず査察部の指示する金額で修正申告をしてほしいとの趣旨のことを言ったとの点は否認し、その余は知らない。
(三) 同(三)の事実のうち、書類を豊橋税務署に提出したのが平成二年四月ころであるとの点は否認し、その余は認める。
被告髙橋は中井の指示のもとに、原告に更正の請求書を作成するように伝え、それを自ら豊橋税務署に提出した。その後、受付印の押捺された右各更正請求書を中井から手渡され、それをそのまま藤野社長に手渡した。還付金申請受理書及び還付金申請の件と題された書面もいずれも中井から受け取りそのまま藤野社長に手渡したものである。
(四) 同(四)の事実は知らない。
5 同5の事実のうち、原告との間で形式上一億五三〇三万〇九七八円貸付金としてその債務弁済契約を締結し、平成二年一二月一七日、公正証書を作成したとの点及び被告髙橋が原告に対し株式会社サーモダイン振出の額面一億二〇〇五万円の約束手形を交付したが右手形が決済されなかったとの点は認め、被告髙橋が藤野社長を騙していたとの点は否認し、その余は知らない。
6 同6ないし8の各事実はいずれも知らない。
7 主張
(一) 被告髙橋は、平成元年八月下旬ころ、原告が名古屋国税局の査察調査を受けた件で何とかならないかと原告側から話を持ちかけられたので、中井にこの話をした。そうしたところ、中井は被告髙橋に対して「納税額三〇億円として、そのうちの二〇パーセント位で何とかなるのではないか。」と言い、この件の処理を引き受けてもよいと返事をしてきた。そこで、被告髙橋はこれをそのまま原告側に伝えた。
(二) 被告髙橋は、平成元年九月中旬ころ、中井から着手する費用として一五〇〇万円位が必要であると言われたため、それを亡裕厚に伝えた。亡裕厚は、同年九月二一日ころ、藤野社長から二〇〇〇万円の支払いを受け、その内金一五〇〇万円を被告髙橋に振り込んだ。被告髙橋は右金員をそのまま中井に手渡して右処理に着手してもらうべく依頼した。
右一五〇〇万円の外、被告髙橋が亡裕厚から受領した金員は左記の計一三一〇万円である。
記
(1) 平成元年一二月二八日
一一〇万円
(2) 平成二年二月二〇日二〇〇万円
(3) 同年三月一日 五〇〇万円
(4) 同年三月六日 五〇〇万円
結局、原告が出捐した金員のうち、被告髙橋が受領したのは右一五〇〇万円、一三一〇万円及び前記2記載の八五〇〇万円の合計一億一三一〇万円である。
(三) 被告髙橋は中井について以前国税局に勤務していたことがあり、税務処理について顔の利く人物であると聞いていたので、被告髙橋は本件について総て中井の指示どおりに行動していた。税務について素人に近い被告髙橋は総て中井が国税当局と交渉し、話を付けてくれるものと信じていたのである。
(被告太田安彦)
1 請求の原因1の事実は知らない。
2 同2の事実のうち、被告安彦が藤野社長の高校時代の友人であるとの点は認め、藤野社長が亡裕厚から被告髙橋を紹介された際、被告安彦が同席していたことは否認し、その余は知らない。なお、被告太田が、平成元年九月一〇日ころ、藤野社長に対して、電話で「亡裕厚の知人に税務に詳しい人がいる。」と言ったことはある。
3 同3ないし6の各事実はいずれも知らない。
4 同7の事実は否認する。
松田は、平成二年一二月二六日、原告事務所において、藤野社長の同席のもと、亡裕厚に対して、原告への五億六八五二万八〇〇〇円の債務承認を求め、被告安彦に対して右亡裕厚の債務について連帯保証することを求めた。しかし、被告安彦はこれを拒絶した。もっとも、亡裕厚はこれに応じて公証役場に赴き、松田が予め公証人に依頼して作成しておいた公正証書案から被告安彦が連帯保証人となる旨の条項を削除して、甲第七号証の亡裕厚の「債務承認及び弁済契約公正証書」を作成した。
三 抗弁
(被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋康一)
1 (不法原因給付)
(一) 仮に対税務署工作資金として交付があったとしても、藤野社長が亡裕厚らに対し金員を交付したことは、脱税もみ消し工作の不正運動費として交付されたものである。
(二) したがって、原告は被告らに対し、いわゆる不法原因給付に該当するものとして右金員を交付したのであるから、法律上右金員の損害賠償請求をすることはできない。
(被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英)
2 (限定承認)
被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は被相続人亡裕厚の相続について限定承認した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実は認め、(二)の法的主張は争う。
2 抗弁2の事実は認める。
五 再抗弁
1 被告髙橋は、原告の納税額を脱税によって少なくする工作をする意思がないのに右工作資金名目で原告から金員を騙取したのであって、詐欺に該当する行為である。これと納税額を少なくしようとして亡裕厚および被告髙橋に金員を支払った原告の行為の違法性とを比べれば、被告髙橋の行為の不法性は著しく強い。
2 亡裕厚は、自ら費消するために、藤野社長を騙し多額の金員を原告に支払わせたのであるからその不法性は、原告の不法性に比し著しく強い。
3 したがって、原告は、被告らに対し、民法七〇八条但書により、金員を交付したことについて損害賠償請求をすることができる。
六 再抗弁に対する認否
(被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋康一)
再抗弁の事実は総て争う。
本件において原告に損害賠償請求を許せば結局原告は脱税目的のために支出した金員を回復できることになる。また、原告の主張のとおり双方の違法性を比較してみても、国民の義務である納税義務を免れようとする意図自体極めて重大である。したがって、このような意図を実現しようとする過程において仮に騙されるようなことがあったにせよ、それは自ら招いた危険に他ならない。
第三 証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 原告の被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋康一各自に対する本訴三億四四九一万五九三一円の請求について
一1 請求の原因1の事実は原告と被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋康一間においては当事者間に争いがなく、原告と被告太田安彦間においては原本の存在と成立に争いのない乙第一二号証の一、証人松田洋始こと朴斗鎬の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると右の事実を認めることができる。
2 以下の事実は、原告と被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英間においては争いがなく、以下の事実のうち原告代表者藤野智洋(以下「藤野社長」という。)が被告髙橋康一(以下「被告髙橋」という。)に対して後記(6)、(8)、(11)の各金員の合計八五〇〇万円を交付し、被告髙橋が受領したこと(受領年月日を除く。)は、原告と被告髙橋間においては争いがない。なお、原告と被告髙橋間において以下の事実のうち自白した事実のほかの事実について成立に争いのない甲第二号証の一、二、四、五、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証の二、三、第二号証の三、六、証人松田洋始こと朴斗鎬の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨により、さらに原告と被告太田安彦間においては以下の事実全部について、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証の二、三、第二号証の一ないし六、原本の存在と成立に争いのない甲第一七号証、証人松田洋始こと朴斗鎬の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨により認定することができる。
藤野社長は、左記のとおり、平成元年一一月一二日から同二年九月二八日までの間に、計一一回に亘って被告髙橋、亡太田裕厚(以下「亡裕厚」という。)の指示にしたがって、同人らに対し合計五億〇九〇〇万円を支払った。
記
(1) 平成元年一一月一二日、亡裕厚に対して一億一九〇〇万円の現金を手渡した。
(2) 同年一二月一八日、亡裕厚に対して五五〇〇万円の現金を手渡した。
(3) 同年一二月末、亡裕厚に対して五〇〇万円の現金を手渡した。
(4) 平成二年三月五日、亡裕厚の口座に七〇〇〇万円を振り込む。
(5) 同年三月二九日、亡裕厚の口座に一億円を振り込む。
(6) 同年四月九日、被告髙橋に三八〇〇万円の現金を手渡した。
(7) 同年四月二七日、亡裕厚に一三〇〇万円の現金を手渡した。
(8) 同年四月二七日、被告髙橋の口座に二七〇〇万円を振り込む。
(9) 同年六月一日、亡裕厚の指示により株式会社コスギの口座に三〇〇〇万円を振り込む。
(10) 同年七月二日、横浜時計貿易株式会社(代表者亡裕厚)の口座に一二〇〇万円を振り込む。
(11) 同年九月二八日、被告髙橋の口座に二〇〇〇万円を振り込む。
3 前項認定の事実、前掲甲第一七号証(原告と被告髙橋間においてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきである。)、乙第一二号証の一のほか、原告と被告髙橋間においては成立に争いのない、原告と他の被告ら間においては弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証の一、二、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし四(以上の甲第三ないし第六号証の関係各証のうち官署作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきである。)、原告と被告髙橋間ではその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきである、原告と他の被告ら間においては成立に争いのない甲第二〇号証、証人松田洋始こと朴斗鎬、同野場勤の各証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一)(1) 原告は、平成元年八月、名古屋国税局の査察調査を受けたが、約二〇億円の脱税をしていたため、藤野社長において納税額を正規の金額より少なくし、かつ脱税の容疑で起訴されないように工作できる人物を捜していた。原告の藤野社長は、同年九月、亡裕厚から税務精通者として被告髙橋を紹介され、両名から「名宝グループの修正申告にかかる全納税額を五億円以下にして、原告と松栄観光株式会社(以下「松栄」という。)を法人税法違反で起訴されないようにする。」旨言葉巧みに申し向けられ、藤野社長は、その旨誤信して対税務当局への働きかけで脱税問題が解決できると軽信して、名宝グループの実質的なオーナーである父松田洋始こと朴斗鎬(以下「松田オーナー」という。)と相談した結果、亡裕厚と被告髙橋の両名に右工作を依頼することを決めた。
(2) 藤野社長は、かくして平成元年一一月一二日から同二年九月までの間に前記したように前後一一回に亘って亡裕厚らに合計五億〇九〇〇万円の金員を交付し、亡裕厚、被告髙橋は、税務当局への工作をする能力も、その意思もないのにこれがあるように装って、右金員を騙取した。この間、平成元年一一月一二日には、亡裕厚は藤野社長に対して「大蔵省の上層部で話ができたので運動費が必要である。」等と述べて、藤野社長から右運動費として一億一九〇〇万円を支出させた。そのころ、藤野社長は、亡裕厚から、約五億円余の納税額と脱税に関する税務当局の措置に対する運動費用約二億円余の合計約七億四〇〇〇万円を必要とする旨の話を受けていたが、後には納税額が二億円で、運動費が五億四、五〇〇〇万円になると聞かされた。
藤野社長は、平成二年始めころ、亡裕厚から「東京と名古屋の上層部のほうの話はできたが、名古屋の実際に査察調査に入ったクラスの係員が納得していないので、これらに渡すために運動費として五〇〇万円が必要である。」と言われて、その旨誤信した藤野社長は現金五〇〇万円を渡した。
(3) 被告髙橋は、平成元年一二月下旬、藤野社長に対して、被告髙橋の指示する金額に沿って作成された原告の昭和五九年四月一日から平成元年三月三一日までの五期分の各修正申告書及び松栄の昭和五八年九月一日から同六三年八月三一日までの五期分の各修正申告書をそれぞれ名古屋国税局長に対し提出した旨を伝えた。
被告髙橋は、平成二年一月上旬、藤野社長に豊橋税務署の受付印が押捺された各修正申告書を返還した。藤野社長は右修正申告によって名宝グループの納税問題は終了したと思った。
(4) 原告と松栄は、平成二年三月一三日、それぞれ右五期分について査察部の指示する金額で修正申告し、税金を納付した。
(5) 同年四月九日、藤野社長は被告髙橋の紹介により前参議院議員と引き合わされたりしたが、それは法人税法違反容疑をもみ消すためであると認識していた。
(二) 以上の経過により、原告の藤野社長は、原告及び松栄の多額の脱税が国税局の査察調査により発覚したため、それによる課税金額を大幅に減額してもらうべく税務当局者に対して不正な工作をすることを亡裕厚、被告髙橋に依頼し、副次的に、課税金額が少なくなることによって脱税事件として起訴される可能性も少なくなることも期待しながら、右工作のための運動資金の趣旨のもとに合計五億〇九〇〇万円を右両被告に交付した。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
以上認定した事実によれば、原告は、亡裕厚、被告髙橋の税務当局への工作の名目のもとに不法な詐欺行為により五億〇九〇〇万円の金員を騙取されたものと認められる。
なお、被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は、亡裕厚は被告髙橋と原告との間を、被告髙橋は中井なる人物が国税当局と交渉し、自分は右中井と原告をそれぞれ取り次いだだけであり、いずれも被告髙橋ないし中井において右工作がされるものと信じていた旨主張するが、右各事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、右被告らの主張は失当である。
二 次に、不法原因給付の抗弁(被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋康一)を判断するに、抗弁1(一)の事実は当事者間に争いがない。
右事実によれば、原告が亡裕厚、被告髙橋に対して、五億〇九〇〇万円を交付したのは、税務当局者に不正に働きかけて原告及び松栄の脱税をいわばもみ消するための不正工作資金を提供したものである。これは公序良俗に反し、民法七〇八条の「不法ノ原因」に該当することは明らかである。
三 再抗弁について判断するに、不法原因給付においても、給付者と受益者の不法性を比較衡量し、受益者のそれが給付者のそれに比して著しく大きく、給付者の返還請求を否定することが受益者をいわれなく利得させ、正義衡平の観念に反する場合には、民法七〇八条但書により、給付した物の返還請求をすることができる。そこで次にこの点を検討する。
前記認定の事実関係を総合して考慮すると、次のとおり認められる。
1 亡裕厚、被告髙橋の前示した詐欺行為は、その能力、意思がないのにもかかわらず、税務当局者に働きかけて正規の課税額を不正に減額させるという口実のもとに金員を騙取するという手口の詐欺(不法行為)であり、その違法性は重大なものである。
2 他方、原告は、亡裕厚、被告髙橋の両名に対し、自らがした脱税行為によって当然に負うべき課税金額のおおよその額を予測した上で、右金額により課税されるのを回避すること及び課税金額が減少することによって脱税の容疑で起訴されないように処理されるように工作することを依頼し、そのための運動工作資金として多額の金員を右両名に交付した。この金員を交付した目的は、そのうちの相当額が最終的には税務当局者に課税金を不正に減額させることの報酬を意味するものに他ならない。したがって、原告の資金提供行為は、原告の課税金額を不法に減額することを亡裕厚及び被告髙橋を介して税務当局者に依頼し、その贈賄資金を原告が出損したというものであり、それは贈賄罪を構成する可能性も否定できない行為であるとともに、自己の違法な目的を達成するために他人をして違法行為をさせる行為であり、その違法性は極めて大きいものである。
したがって、原告の右行為の違法性の大きさに比較すると、亡裕厚及び被告髙橋の行為の前記違法性の大きさを考慮しても、いまだ、亡裕厚及び被告髙橋の行為の違法性が原告の行為の違法性より著しく大きいと認めるに足りる事実関係は認められず、他にこれを認定するに足りる的確な証拠はない。
結局、原告の本訴損害賠償請求を否定することが亡裕厚及び被告髙橋をしていわれなく利得させ、正義衡平の観念に反するとみることはできない。本件全証拠を精査しても、他に右結論を左右するに足りる事実関係の存在を窺えない。
したがって、被告ら四名の民法七〇八条但書を適用するべきであるとの再抗弁は採用に由ないところである。
3 原告の被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英、被告髙橋に対する損害賠償請求は民法七〇八条本文により許されず、不法原因給付の抗弁は理由がある。
四 してみれば、原告の右被告らに対する本訴請求は、その余の点をみるまでもなく、総て理由がないことに帰着する。
第二 原告の被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英の各自に対する一〇〇〇万円の請求について
一 原告が亡裕厚に対し、平成二年二月一日、三〇〇〇万円を弁済期平成二年四月一日、利息の定めなしとの約定で貸し付けた事実は右各被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
二 次の事実は当事者間に争いがない。
1 亡裕厚は、平成四年九月二七日、死亡した。亡裕厚の長女被告太田貴子、次女太田陽子、長男被告太田滋英の三名が全相続人として亡裕厚の相続債務を法定相続分に従い相続承継した。
2 被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は被相続人亡裕厚の相続について限定承認した。
三 したがって、被告太田貴子、被告太田陽子、被告太田滋英は、各自一〇〇〇万円の債務をそれぞれ相続承継したが、同被告らはそれぞれ亡裕厚の相続財産の限度でその責任を負うものである。
第三 原告の被告太田安彦(以下「被告安彦」という。)に対する請求について
一 前記認定の事実のほか、成立に争いのない甲第七号証、証人松田洋始こと朴斗鎬の証言、原告代表者尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)、被告太田安彦本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する原告代表者の供述部分は前掲各証拠と対比するとき未だ採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。
1 被告安彦は、平成二年一二月二六日、原告事務所において、藤野社長の同席のもとで松田オーナーから、亡裕厚とともに五億六八五二万八〇〇〇円の返還約束、亡裕厚については債務承認を、被告安彦については連帯保証を求められた。しかし、被告安彦は、連帯保証の件を拒絶した。
2 そこで、原告と亡裕厚は、右同日、五億六八五二万八〇〇〇円の債務承認及び弁済契約に同意して、公証役場に赴き、松田オーナーが予め公証人に依頼して作成しておいた公正証書案から被告安彦が連帯保証人となる旨の条項を削除して、亡裕厚の「債務承認及び弁済契約公正証書」を作成した。
3 被告安彦は、原告から同年同月、亡裕厚の「債務承認及び弁済契約公正証書」記載の債務について連帯保証する旨口頭で同意したことはない。
以上認定の事実にかんがみれば、被告安彦が原告と連帯保証契約を締結した事実を認められる事実関係は窺えず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
二 してみれば、原告の被告安彦に対する本訴請求は、理由がない。
第四 結論
以上の次第であるから、原告の本訴各請求は、被告太田貴子、被告太田陽子及び被告太田滋英に対し、各自一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過した後である平成三年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを亡裕厚の相続財産の限度において求める限度で理由があり正当であるから、これを認容し、被告太田貴子、被告太田陽子及び被告太田滋英に対するその余の請求、被告髙橋康一及び被告太田安彦に対する請求は総て理由がなく失当であるから、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官稲田龍樹 裁判官原敏雄 裁判官上野正雄)